大掃除はまずは窓拭きから!
毎年決まった順序で、一年間お世話になった我が家をきれいにしていくのがKENと私の年の瀬だ。
ここ数年、年末といえどもお休みがままならず、大掃除はいつも私が孤軍奮闘、泣きながら正月に間に合わせるという状態だった。
が、今年はKENの余裕が違う。
だから、先週KENが大きな窓を半分終わらせてくれた時には、今年の大掃除はもう大半終わったような気になった。
やっぱり一家の主が元気じゃないとね~。
(まだまだやることはあるよ、と影の声。そうだけどさー、ふんっ!)
■写真:一階から二階吹き抜け部分の大窓を見る。
この窓は外からしか窓拭きができないので、我が家の一番の難所。
いつまで私が拭けるか、、、。
我が家は窓だらけなので、夏はものすごく暑いし、冬はものすごく寒い。
おまけに、夏と年末に決行する、「大窓拭き大会」はとっても大変な作業なのだ。
でも、雨や風が運んできた埃や虫たちの抜け殻なんかを、地道にキレイにしながらいろんなことを考えるのは結構貴重な時間だと思う。
特に年末は、今年のことそして新しい年のことをいろいろ思い巡らすのが楽しい。

■リビングからデッキへ通じる掃きだし窓■
こうして窓を拭いていると、いつも、もっと西家の天窓のことを思い出す。
もっと西氏のお友達みんなで彼の家の外壁をペンキ塗りしていた時、足場が組まれた家のてっぺんまで登ったKENは、その家のリビングの真上にある天窓を一生懸命拭いた。
それは、もっと西氏が一時退院した時だったか、それとももう亡くなった後のことだったか定かではない。
でも、とにかくKENはその天窓をピカピカに磨いた。

■キッチンの出窓■
2004年が終わろうとしていた。
2005年がやってくるまであと少しだった。
師走に入ってからはずっと、誕生日まで、クリスマスまで、そして新しい年を迎えるまで、と祈るような気持ちで過ごしていた。
そして大晦日、彼の臨終の席に、私たち夫婦はいた。
ご親戚のみなさんがたくさん呼ばれたので、一度は自宅に戻り控えていたのだが、奥様に請われて、すぐにもっと西氏の家へと戻ったのだった。
容態が少し安定したのでと、彼の奥様に横になってもらい、その間私が替わってもっと西氏の唇を水で湿してした。
呼吸が苦しくてずっと頭を左右に振っていたもっと西氏に、「KENを呼ぶ?」と聞くと、ぼんやりとしか見えないような目を私に向けて、でもかすかに頷いた。
私は、階段のあたりに立っていたKENを呼んだ。
私たちが二人揃ったと見て取った彼は、瞬間ヒョットコのような可笑しな顔をしてみせて、きっと辛そうな真剣な顔をしていただろう私たちを笑わせた。
最後まで私たち夫婦ともっと西氏とはそんな関係だった。
他人ではあったけど。
彼はその後しばらくまた頭を左右に振っていたが、急にピタと頭の動きを止め、今度はしっかりした目で天井を見上げた。
私たちもその動きにつられて、天井を見上げた。
数分前までは吹雪のような悪天候だった。
でも見上げた先には小さな天窓があって、その小さな小さな窓からは、半分欠けた月が見えていたのだ。
「やられた」と思った。
もっと西氏とは、本当にそういう人だった。
2005年の元旦、朝日が昇ってくるころに彼は逝った。
残された彼の下の娘は、母と姉がパパにすがって泣いているのをいぶかしそうに眺めていた。
「抱っこする?」と聞くと、ニコッと笑って私の腕に飛び込んできた。
私はこの地にきてから何度となく抱っこしたこのおチビさんと一緒に、パパが眠るリビングのカーテンを開けて、ゆっくりと朝日が昇ってくるのを見たのだった。
今思えば、ドラマの中のワンシーンのようだ。
でもこれは実際にあったこと、私たちの宝物のひとつなのだ。
今年も、窓を拭いて家をいっぱい掃除して、そして新しい年を迎えられます。
私たちにはまだもう少し時間があるよね?もっと西さん?
でも、そんなにたくさんじゃないのは、それは分かってるよ。
だから、、、。
あなたのことを忘れはしないけど、でも写真に毎朝コーヒーをあげるのはもうおしまい。
ちゃんと3年間、毎日まいにち、コーヒーとビールをあげてきたもの、もうそろそろよね?
そっちにいったらまた三人でどこかに行きましょうよ。
KENのヘタクソな運転も、前よりちっとはマシになったから、そんなに我慢しないでドライブできそうですよ。
一緒にビールを飲むのも楽しみだし、、、。
私たちはね、あと少しこっちで修行します。
だから、もうちょっとだけそっちで待っててくださいね。

■玄関から階段室を望む内窓■
そんなことを思いながら、今年もまた、我が家の窓は全部ピカピカになったわけである。
さー、次はどこの掃除だぁ???
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