大切な別れ

| ちょっと独り言 |

思い出のバイクSEROWブログの更新が滞っていたのには理由がある。

なかなか書けなかった。
でも、書いて残しておかなくちゃ。。。
私はこの春、25年以上も乗り続けてきたバイクを、ちゃんと降りることにした。

■写真:思い出のバイクSEROW。 

 

最後の日考えれば長い歴史だなぁ。25年以上か、、、。
トンネルの中を歩いているような辛く苦しい私の20代30代、バイクはずっと私のそばで私を支え続けてくれた。

バイクに跨れば、本当の私が道のずっと向こうに見える気がしていた。
その私自身の姿を追いながら長いこと走り続けていた。

そして、、、、
こんな人生でも、もう一度やり直せるんだということに気づいた瞬間にも、変わらずにバイクは私のそばにあった。

■写真上:東京の新しいオーナーのもとに送るマニュアルとパーツリスト。
逆輸入車のちぃドミだったので、パーツリストが手に入らなかった。
それで、Netで探し当てた外国のページから、全ページダウンロードしてプリントアウトしたもの。
これからもお役にたつだろうか?笑

■写真中:34795km。
いろんなバイクで、1年間に1万キロ走っていた私が、ちぃドミだけはちっとも走ってあげられなかったという証拠の数字。

■写真下:北海道にも四国にも九州にも、いつもツーリングの時にはお世話になっていた「MOTO Fizz」のロープ。
これも今回お役ご免になった。

少しづつ体力の衰えを感じ始めたあたりから、いつバイクを降りるかという大きな問題が、いつも頭のどこかにあったように思う。
でも躊躇していた。

KENにとってはえらく年上の女房で、年相応におばちゃんだし、、、。
バイクを降りてしまったら、私にはなんの取り得もなくなってしまう。
でも、、、

ずいぶん昔、一緒になる時に私はKENに聞いた。
「いつか私はバイクを降りる。その時に貴方はどう感じるんだろうか。」
「何も変わらないさー。」KENはすぐに答えた。
そうだった。KENはそう言ってたよね。
そうか、そうなら、ちゃんと降りよう。

 

ちぃドミ
■ちぃドミ・・・「ちぃドミ」という名前は、もっと西氏の命名■

CB250・SUPADA・SEROW1号・SEROW2号・FZR250、そしてちぃドミ、バイクが私を支えてくれた時代はもう終わった。
バイクたちがたくさんの思い出と、たくさんの友人を残してくれた。
だから、ちぃよ、もうそろそろ私の元を去って、新しいご主人とたくさん走りなさい、ねっ。

ちぃドミとの最後のツーショット
■最後に私とちぃドミのツーショット■

ちぃドミは梅雨の長雨の真っ最中に、新しいオーナーが待つJ’s-factoryのJUNさんの元へと旅立った。

ずっと雨が降り続いていたのに、陸送会社の引き取りの日には約束の時間の少し前に雨があがり、トラックに載せられる時には晴れ間さえ見えた。
本当にちぃドミは最後までいい子だね。

バイクには魂はない。
そんなことは分かっている。
分かっているけど、でもとっても辛かった。
だから、ブログの更新なんて出来ない日々が続いたわけさー、笑。

私の不幸せも、それ以上の幸せも、みーんな見ていてくれたバイクの代表「ちぃドミ」は、こうやって私の元から旅立って行った。
そして昨日、無事にJ’s-factoryに到着したそうだ。
新しいオーナーは私に、「オレ、大事にウィリーするからさぁ。」と、電話口で言っていた。
「あーあー、なんでもやってちょーだいっ!そのかわり、ボロボロになるまで大事に乗ってよねーっ!」
んっ?「ボロボロになるまで大事に」ってどういうことなんだろか、、、。
自分で言っててよくわからん、わははは。

 
【追記】
バイクを降りたと知った実家の母が、電話の向こうで「あぁ、安心した。」と一言つぶやいた。
10代からバイクに乗りたいと言い続けた私、そしてそれを、ことあるごとに反対し続けた母。
親元を離れてようやく免許を取り、ウキウキと実家までバイクで帰った私に、「仕方がない子ねー」と諦め顔を見せた母。
こんなおばちゃんになっても、やっぱり子供は子供なんだなー。
長いこと心配かけてごめんね、母さま!
でもまだJimnyがあるよん。
だからもうちょっと心配しててくださいな、わははは。

母だけでなく、私がバイクを降りたことを知った友人から、たくさんの暖かい言葉を頂いた。
「また乗りたくなったら戻ってきてください。」
「自分で幕を下ろすことが大事ですよね。」
「でも思い出があるからさ・・・寂しくはないよね。」 と。

バイクがきっかけで知り合った北海道のM田は、「だいじょうぶかーい?」と声を聞かせてくれた。
S藤は旅先から「まだまだ乗れるしょやー。」と涙声を出した。
私よりも先にバイクを降りたSoulMateのAYAさんは、オンオン泣く私に付き合って、ずっと受話器を離さずにいてくれた。
そして帰宅したKENはこの日記を読んで、「いつかこんな風にバイクから降りたいな。」とポツンと言った。

ドミとちぃドミ
■ドミとちぃドミ■

みんなみんな、ありがとー!
バイクは降りたけど、今も私は、高校の時のあだ名通り「ハリキリのちゅりさん」だよー!

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